2020年01月24日
『ストレスワクチンとしての東洋医学』
はり灸・スポーツトレーナー学科 戸村多郎
昨年の10月、和歌山県鍼灸師会の学術講習会で講師を務めました。ちょうど甚大な被害をもたらした台風19号が通った後で、前から決まっていたタイトル『ストレスワクチンとして東洋医学を避難所で活かす』の重要性が否応なく増しました。内容は、鍼灸師が避難所でどう関わるべきか、プロボノ(自らの専門能力を使って行うボランティア活動)として鍼灸をどう活かすべきかをお話ししました(写真)。
さて、被災者が受けるストレスの記事は枚挙に暇がありません。なかでもストレスが引き金になった症状への鍼施術が注目されています。復興庁の東日本大震災における「震災関連死」に関する報告では、震災後1年以内に亡くなられた1,950名のうち1,189名(61%)は、肉体・精神的疲労、ストレスが原因でした。疲労やストレスは、初期に不眠や肩こり、腰痛などいわゆる不定愁訴として現れやすいのですが、被災直後は気が張っているため自覚しにくく、たとえ症状が出ても救護所には重傷者を優先したい気持ちがあって自分を後回しにしてしまいます。そこで私たち鍼灸師が、救護所もしくは救護所との間に位置することで、少しでも関連死予防につながるのです。鍼灸師にとって東洋医学の専門用語「未病を治す(病の前の段階で気づき対応する)」は共通理解で、不定愁訴は適応症です。よって、疲労やストレスからくる症状を見つけることを得意とし、ごく初期のうちに解決できる可能性があります。講演では、下市らと共同で研究した『ストレスに対する鍼の予防効果』を紹介し、鍼刺激が症状の出る前の段階に「ストレスワクチン」として被災者、さらにそれを支援するスタッフの疲労やストレスを防げる可能性があると伝えました。
一方、被災地で鍼灸師が求められているものに「孤独感を含む精神的ダメージ」「静脈血栓塞栓症」「健康悪化」のケアがあげられます。鍼灸の施術では直接体に触れますが、これは「あなたを見放さない」というメッセージにもなり安心感を与えます。また、静脈血栓塞栓症は、仮設住宅に移った後の方が不活動になりやすく発症しやすいとの報告があります。ちょうど講演の前月、愛媛県で災害支援活動に携わったのですが、西日本豪雨災害から1年が経ってもなお、約790人(2019年7月7日 朝日新聞)が仮設住宅での暮らしを余儀なくされています。現地の鍼灸師たちは災害以来継続的にプロボノ活動をしていて、そこにお邪魔したのです。私は血栓症の予防として孤独感やストレス解消にもつながる運動「経絡のびのび体操・ウォーク」(写真下)を実施しました。
もちろん、遠く離れた大阪にある関西医療大学の教員が、ちょっと関わったところで大きな変化は望めないのは承知しています。ただ、現地の鍼灸師が、志高く活動していることに共感し、被災された方の役に立ちたかったのです。そして、鍼灸が避難所や仮設住宅で役に立つことを機会ある度に鍼灸師に伝え、考え、備え、行動に移していただくことが重要だと思い、講演で紹介させていただきました。私たち鍼灸師は患者との繋がりだけでなく、これからはさらに社会との繋がりを意識し、様々な課題解決に向けて予防医学のスペシャリストとして活動しなければなりません。
最後になりましたが、現在も避難を余儀なくされている方々には心からお見舞い申し上げるとともに、お世話になった和歌山県鍼灸師会、愛媛県鍼灸師会の皆様に深く感謝申し上げます。復興に尽力されている皆様にはくれぐれも安全に留意され、活動されることをお祈りいたします。