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Blog 関西医療大学NOW!

 作業療法学ユニットの吉田直樹です。学問の世界では、意外なところで意外なものがつながったりします。関節運動と世界地図には密接な関係がある、と聞いたらいかがでしょうか。どんな関係があるのか、全く見当がつかないのが普通でしょう。私は肩関節などの運動解析法の研究を進めるうちに、世界地図の地図投影法についても勉強するはめになり、最終的にそれについての論文を書きました。少しそのお話をさせてください。
 人の体には関節がたくさんありますが、決まった方向にしか動かないものと、いろいろな方向に動くものがあります。肘や膝は曲げ伸ばししかできません。一つの回転軸のまわりを回るだけなので、単軸関節と呼ばれます。それに対して、肩関節や股関節はどうでしょうか。肩関節では、腕を体の横につけた状態から、前に挙げることもできますし、横に挙げることもできます。このように運動の回転軸が複数ある関節は多軸関節と呼ばれます。
  単軸関節の肢位や運動範囲を数値で示すのは、難しくありません。肘や膝が曲がる角度を測れば良いだけです。では、多軸関節の場合はどうでしょう。腕を前に挙げる運動は屈曲(反対の動きは伸展)、横に挙げる運動は外転(反対は内転)と呼ばれ、臨床ではこれらの角度を測ることで肩の関節可動域の検査としています。

 しかし、これは運動範囲のごく一部しかみていません。腕は「右斜め上」とか「右斜め上と真横の中間」とか、いろいろな肢位をとることができます。これらの肢位・運動・運動範囲(sinus)は、図1のような球面を想定して、その上の点・線・領域に対応させると正確に表現できます。緯度・経度に対応するような角度を利用すると数値としても厳密に表現できます。
  これは一種の座標表現ですが、この座標は我々がふだん使う平面の座標ではなく、球面の座標です。これを使った解析を球面座標解析と呼びます。球面座標解析では、球面幾何学と呼ばれる幾何学を使う必要があります。これと区別するときは、われわれが高校までに習う幾何学は平面幾何学と呼びます。球面幾何学と平面幾何学は、言うならば別の世界であり、別のルールが存在します。たとえば、三角形の内角の和は180度というのは常識ですが、これはあくまでも平面幾何学の常識です。球面幾何学では三角形の内角の和は180度より大きくなり、その値は三角形ごとに異なります。球面幾何学では二角形が存在し、平行線が交わります。
 ところで、世界地図と地球儀ではだいぶ見え方が違うというのを、習ったり、確かめたりした経験があるでしょう。これにも上記の幾何学の違いが絡んでいます。地図上での最短経路(つまり直線)が、地球儀上では最短経路ではなく曲がったコースになったり、地図上の方向や面積が、地球儀上ではだいぶ違って見えたりもします。これは地球儀の方が正しくて、地図の方が歪んでいるのです。
 これと同じ原理で、多軸関節の運動や運動範囲も、球面上では正確に表現できますが、平面のグラフなどで図示しようとすると必ず歪みが生じます。歪み自体を無くすことはできないので、いろいろ工夫して歪みの影響を実用上なるべく小さく抑えることを考えます。ここで、世界地図を作るときの地図投影法のお出ましです。地図投影法は、球面である地球表面を平面に表示するための方法で、長い歴史のなかで様々な方法が開発されてきました(図2)。これら各種投影法を検討して、少なくとも肩関節の可動域の表現に最適な方法はこれだろう、というのを明らかにしたものが、下記の論文です。医工学系の論文なのに世界地図がたくさん載っている不思議な論文です。もし興味が湧いたら、ちょっとご覧になってみてください。

吉田直樹, 白銀暁, 西下智, 松本憲二. (2021). 地図投影法を応用した多軸関節の可動域 “joint sinus cone” の表現方法-肩関節可動域表示例から検証するランベルト正積方位図法の適切性. リハビリテーション・エンジニアリング, 36(1), 49-56. https://www.jstage.jst.go.jp/article/resja/36/1/36_49/_pdf