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 保健看護学部,地域老年看護学ユニットの小出です。私は,加齢性難聴・コミュニケーションをテーマに研究しています。
 加齢によってさまざまな感覚機能が低下する中で,軽度以上の加齢性難聴をもつ高齢者は,内田(2005)の地域住民対象の研究において65歳以上では1,500〜1,600万人,地域で生活する高齢者の約14%と推計していされています。さらに,井上・鈴木・梅原(2016)の調査では,介護老人保健施設入所中の高齢者の約90%が難聴であったと報告されました。
 難聴高齢者は周囲の人達とスムーズな会話が出来ないため十分なコミュニケーションが取れないという困難を抱えているだけでなく,難聴があると理解が不十分なまま行動するため,認知症患者のような扱いを受け,知らず知らずに自尊心を傷つけられるとの報告もあります(大前,2005)。
 一方,介護施設スタッフの意識調査では,身体,精神機能の問題が優先し,聴力には関心が低いという結果が報告されています(鈴木・井上・梅原ら,2016)。
 一般的に聴覚レベルを把握するためにはオージオメーター(さまざまな音量・周波数(高さ)の音が出せる聴力検査をするための装置)が用いられます。しかし,介護施設などにおいてオージオメーターを用い純音聴力検査(ひとつの周波数で構成されている、単純な音の聞こえの測定)をすることは,指示に従うことができる知的能力が求められるため,測定が可能な高齢者が限定されます。また,器材の購入,防音室の設置に関する経済的な負担,さらに機器を使いこなす技術を習得する人材面での負担も考えられます。以上から,私たちは,介護施設に入所中の高齢者にオージオメーターを使わずに,TV音量,ささやき音,指こすり音,電子体温計の終了音など日常音の聴取状態から聴力を調べ,難聴を発見する(難聴スクリーニング法)研究をしました。その結果,聴取検査の感度,特異度*は,TV音量は78%,88%,ささやき音は94%,69%,指こすり音は72%,81%,電子体温計の終了音は94%,54%でした。これによりTV音量,ささやき音,指こすり,電子体温計の各聴取検査は,介護施設においてオージオメーターに代わる難聴スクリーニング法としての可能性があることが分かりました(小出・山田,2020)。

 音声言語的コミュニケーションの実践に難聴スクリーニング法を取り入れることは,聴覚レベルを把握し単に会話を楽しむことに止まらず、昨今の社会状況を鑑みると意思決定にも役立つと考えます。意思決定のプロセスの理解の部分では、高齢者が情報を受け取る必要があり聴覚がその役割を果たすからです。
 さらに,最近の研究から,音声言語的ミュニケーションがうまく展開できないと外界からの情報が入らなくなり,高齢者の社会的孤立,孤独,およびその結果としての認知機能低下やうつ病の発症に寄与する可能性も指摘されています(Rutherford BR.,Brewster K.,Golub JS.,Kim AH.,Roose SP.,2018)。『社会活動減少』から『うつ・孤立』運動機能や認知機能が低下しフレイル状態と陥ります(清水・サブレ・伊藤ら,2020)。
 私たちは医療スタッフとして,高齢者一人一人の聴力レベルを把握して音声言語的コミュニケーションを支える必要があると考えます。難聴ぐらい…生命に関わらないし…などと思わないで高齢者の難聴に関心を持って欲しいと考えています。たかが難聴,されど難聴です。

【文献】
阿部信一(2004)感度・特異度・精度.医学図書館,51(4),387-388.
井上理絵,鈴木恵子,梅原幸恵,梅原幸恵,秦若菜,清水宗平,佐野肇,岡本牧人(2016):要介護高齢者の聴覚評価―聴力検査―.Audiology Japan,59,124-131.
小出由美,山田紀代美(2020):介護施設に入所中の高齢者における難聴スクリーニング法の検討,看護研究学会,43(1),77-85
大前由紀雄(2005):五感の衰えとQOL 聞こえにくさを中心に.月刊総合ケア,15(8),76-79.
Rutherford BR.,Brewster K.,Golub JS., Kim AH.,Roose SP.(2018):Sensation and Psychiatry: Linking Age-Related Hearing Loss to Late-Life Depression and Cognitive Decline, Am J Psychiatry 175,215‒224.
清水笑子,サブレ森田さゆり,伊藤恵里奈,川村皓生,吉原杏奈, 内田育恵,鈴木宏和,中田隆文,杉浦彩子,近藤和泉(2020):補聴器外来受診高齢者におけるフレイルの実態,Audiology Japan 63, 122~129.
鈴木恵子,井上理絵,梅原幸恵(2016):要介護高齢者の聴覚評価―介護職員の難聴認識と介入前の対応―.Audiology Japan,59,132-140.
内田育恵(2005):高齢期難聴がもたらす影響と期待される介入の可能性.音声言語学.56(2),143-147.