2024年03月15日
モノクローナル抗体の作製(東家一雄)
基礎医学ユニットの東家です。今回は私が20代後半の若い頃に取り組んだモノクローナル抗体の作製について述べたいと思います。
通常、私たちの身体が抗原Xで感作されると、その抗原がもつ複数の抗原決定基(エピトープ)に対する抗体を産生する多様なB細胞クローンが体内で分化してポリクローナルな抗X抗体を血清中に分泌します。一方、実験室内では抗原Xの単一エピトープに対する抗体を産生するB細胞と骨髄腫由来細胞(ミエローマ)を細胞融合してハイブリドーマをつくり、そこから特定の特異性をもつ抗体を産生するクローンをスクリーニングすることで抗Xモノクローナル抗体を得ることが可能です。この技術は1975年にG. KöhlerとC. Milsteinによって確立されて1984年にはノーベル医学・生理学賞を獲得し、その後の基礎研究や医療、検査等の発展に大きく貢献しています。
以前にこのコーナーでも紹介(※)したように、私は食虫類のスンクスという珍しい実験動物の免疫系を機能形態学的に研究していました。その過程でスンクスのT細胞やB細胞を染色するモノクローナル抗体が不可欠になったのですが、研究を進めていた1980年代後半に「抗スンクス抗体」は存在していなかったため、当時私が研究生として在籍していた和歌山県立医科大学第二病理学教室の先生方の技術指導を受けて本学でモノクローナル抗体の作製を試みることにしたのです。和歌山で技術トレーニングを重ねながら本学の動物実験センター内の一室に科研費で購入した実験機器と他学が廃棄した研究機材をかき集めて運び込み、弘前の大学院で使っていた培養室を思い出して自作の培養室を整備しました。そしてスンクスから精製した抗原でマウスを免疫し、ミエローマの培養、培地とフィーダー細胞の調製などを並行して準備し、ポリエチレングリコールで免疫マウス脾細胞とミエローマの融合を行いました。スクリーニングの過程ではハイブリドーマが増殖した96 wellプレートの培養上清で数百枚の凍結切片プレパラートを蛍光抗体法で一斉に染色して、スンクスのリンパ組織を美しく染める抗体をつくる細胞を釣り上げてクローニングしました。
得られたハイブリドーマからマウス腹水を回収し精製したモノクローナル抗体を最初に手にしたのは、このチャレンジ開始から約7か月後の事でした。 今はこのような時間と手間のかかる手順を踏まなくても業者に外注すれば目的のモノクローナル抗体を入手できます。しかし、コスパやタイパの発想ではなく自ら手を動かして取り組んだことにより細胞融合やクローニングの基本だけでなくカラムによるタンパク質の分離・精製や電気泳動、ブロッティングなどの基礎的な生化学的手法の原理も学んで実践することができました。また、実際にB細胞クローンを扱うことで獲得免疫系による抗体の多様性という教科書上の概念を様々な局面で実感することもでき、これらは自分の視野を広げる非常に貴重で有益な経験になりました。そして結果的に得られた抗スンクスT細胞、B細胞モノクローナル抗体1)が自分の研究を進めただけでなく、他大学のスンクス研究者による学位の研究や学会、論文発表にも活用されましたので、スンクスの免疫系を解明する研究に対して微力ながら一定の貢献ができたのではないかと思っています。
1)Tohya K, Kimura M. Immunohistochemical characterization of B cells and T cells in musk shrew (Suncus murinus) lymphoid tissues using monoclonal antibodies. Histochemistry. 1994 Dec;102(6):445-50