FACULTY
/GRADUATE SCHOOL
Blog 関西医療大学NOW!

 基礎医学ユニットの樫葉です。痛みは不快で厄介で誰もが遭遇したくない感覚である。この感覚は我々生体の細胞や組織が障害を受ける、あるいは受ける可能性がある刺激を感知し、我々にその危険を知らせてくれる重要な信号である。もう一方、不快で厄介な感覚に痒みがある。痒みは「引っ掻きたくなる不快な感覚」と定義されており、最近、これを主症状とする患者が増加している。特に小児におけるアトピー性皮膚炎はここ十年で二倍に増えているとのデータもあるようだ。しかしながらその原因や治療法に関しては不明な部分が多い。  この痒みを誘発する物質の一つにヒスタミンがある。薬局で売られている抗ヒスタミン剤は「かゆみ止め」としての作用を有する一方で、発痛物質としても知られている。つまりヒスタミンは、ある時は痒みを、そしてまたある時には痛みを誘導するということになる。一つの物質が二つの異なる感覚を誘導する神経メカニズムについてはいくつかの仮説が提唱されているが、どれも説得力に乏しい。そこで実際に小生が被験者となりヒスタミンの水溶液を皮下に注射してみた(図)。しばらくすると発赤が大きく広がり、痒みを覚える。が、痛みに移行することはなかった。さらに濃度の高いヒスタミン水溶液で試してみても痒みのみが増強するばかりだ。 今から二十年ほど前、小生はこのテーマにチャレンジする機会を得た。ヒスタミン受容体はH1〜H4受容体に大別されている。一次求心性神経の自由神経終末に発現しているのはこのうちH1受容体(H1R)であり、この受容体のRNAプローブ(モルモット)を幸運にも入手することができたのである。このプローブを手がかりに、ヒスタミン感受性ニューロンを検索する作戦だ。 痛み刺激を感受する求心性ニューロンはAδ/C線維由来のものと考えられているが、全てのAδ/C求心性ニューロンが侵害受容性というわけではない。小生はこのニューロン群の中で侵害受容性を示すニューロンのマーカーとしてサブスタンスP(SP)とカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)を選択した。これらのペプチドは、NGF依存性の侵害受容性ニューロンに含有されている。モルモットの後根神経節細胞におけるH1RとSP/CGRPの局在を、組織学的手法を用いて検討した。  結果の詳細については論文を参照していただきたい(文献参照)。これらの実験から得られた仮説を端的に述べると以下のようになる。ヒスタミンはノーマルにおいて痒みを誘導し、痛みには関与しない。しかし、求心性神経の末梢枝が傷つくと新たにヒスタミンに感受性を示すようになるニューロン群が出現し、ヒスタミン刺激で痛みを誘発する。このような仮説を導き出し国際誌に発表した。が、世界の反応はサイレントだ。「熊取の田舎者の言うことなんか聞くこと無いよ」とでも囁かれているようで、こちらの気分は良くない。この仮説、いつか日の目をみる日がやってくることを願うばかりだ。それとも、小生のうぬぼれだろうか?


文献
Hitoshi Kashiba, Hiroyuki Fukui, Yoshihiro Morikawa, Emiko Senba, Gene expression of histamine H1 receptor in guinea pig primary sensory neurons: a relationship between H1 receptor mRNA-expressing neurons and peptidergic neurons. Molecular Brain Research 66, 24–34 (1999)

Hitoshi Kashiba, Hiroyuki Fukui, Emiko Senba, Histamine H1 receptor mRNA is expressed in capsaicin-insensitive sensory neurons with neuropeptide Y-immunoreactivity in guinea pigs. Brain Research 90, 185–93 (2001)

樫葉均、仙波恵美子、ヒスタミンH1受容体mRNAを発現する一次知覚ニューロン.日薬理誌 118 , 43-49 (2001)