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Blog 関西医療大学NOW!

臨床医学ユニット(脳神経内科学)の伊東です。はじめまして。これから皆さんと一緒に研究ができるのを楽しみにして本学に来ました。
人類にとって最悪の病は何でしょうか? ガン? 心筋梗塞? はい、これらも人の命を奪うとても怖い病気ですが、皆さんはALSという病気を聞いたことがありますか? 最近はALSの方が国会議員になったり嘱託殺人疑いのニュースが報道されたりして、ALSという病名をテレビ等で聞くことも増えてきました。ALSは正式名を「筋萎縮性側索硬化症 (Amyotrophic Lateral Sclerosis)」といいます。筋萎縮性といいますが、筋肉の病気ではなく、筋肉を動かしている運動神経(運動ニューロン)の病気です。全身に張り巡らされている運動ニューロンが、ゆっくりと、数年かけて変性していき、その結果全身の筋肉がゆっくりと弱っていって、顔や喉、手足を動かすことができなくなります。しゃべれない、食べられない、手足も動かせず寝たきりとなりますが、意識ははっきりしていて感覚神経は正常ですので、痛いとか暑いとか、どうしたい、こうしたいというのはあるのに、自分では何一つできず、それを人に伝えることも困難になります。鼻がかゆくても自分で掻けず、背中が痛くなっても体の向きを変えることができません。こういった状況が何か月も何年も続き、最後は呼吸筋が弱って、人工呼吸器をつけなければ死亡します。どう思いますか? これがALSであり、難病中の難病といわれるゆえんです。ALSの原因は不明で、有効な治療法はありません。現在の医学はALS患者さんに対して「なす術」がありません。
このALSが紀伊半島南部の一部の地域とグアム島(および西ニューギニア)で多発していることが、それぞれ1960年代に報告され、紀伊ALS, Guam ALSと呼ばれるようになりました。ALSの原因は不明ですが、多発地域には多発する原因があるはずで、それを突き止めればALSの原因がわかるのではないかと、世界中の研究者が注目したわけです。Guam ALSを報告したのがニューヨーク・モンテフィオーレ医学研究所の平野朝雄先生、紀伊ALSを報告したのが当時和歌山県立医大の教授で、のちに本学第3代学長を務められた八瀬善郎先生です。現在の吉田宗平学長も八瀬先生のもとで紀伊ALSの研究をされ、素晴らしい成果を上げておられます。

私はニューヨークの平野先生のもとに留学した時にGuam ALSの研究を行い、帰国してからもALSの研究を続けました。2012年に和歌山医大に赴任してからは八瀬先生・吉田先生のご研究を引き継ぎ、紀伊ALSの研究をしてきました。その結果わかったことは、紀伊ALSの発症頻度は1960年代よりも低下しているものの、いまだに一般地域の2-3倍の発症率があること、Kii/Guam ALSに特有の神経病理所見が現在の患者さんでも見られること、一部の患者さんで家族性ALSの原因遺伝子に変異が見つかったこと、などです。
本学の神経病研究センターには八瀬先生・吉田先生が収集された、世界的にみても貴重な紀伊ALSの資料が大切に保管されています。これから本学のこれらの資料を活用して、紀伊ALSの原因に迫りたいと思っています。ALSの原因究明と治療法の確立はオリンピックで金メダルを獲るよりも難しく、100 mを8秒台で走るようなものですが、いつか必ずやり遂げねばなりません。そのために私たちは世界の研究者と時には競い、時には協力して、目標に向かって走り続けなければなりません。ALSが人類最悪の難病でなくなる日まで。

【文 献】
1) Tsuji K, Nakayama Y, Taruya J, Ito H.
Persistence of Kii amyotrophic lateral sclerosis after the 2000s and its characteristic aging-related tau astrogliopathy. J Neuropathol Exp Neurol. 83:79-93, 2024.

2) Arakawa Y, Itoh S, Fukazawa Y, Ishiguchi H, Kohmoto J, Hironishi M, Ito H, Kihira T. Association between oxidative stress and microRNA expression pattern of ALS patients in the high-incidence area of the Kii Peninsula. Brain Res. 1746:147035, 2020.

3) Ito H, Goto S, Sakamoto S, Hirano A.
Striosomal arrangement of met-enkephalin and substance P expression in parkinsonism-dementia complex on Guam. Acta Neuropathol. 85:390-3, 1993.

4) Ito H, Hirano H, Yen SH, Kato S.
Demonstration of beta amyloid protein-containing neurofibrillary tangles in parkinsonism-dementia complex on Guam. Neuropathol Appl Neurobiol. 17:365-73, 1991.

5) Ito H, Goto S, Hirano A, Yen SH
Immunohistochemical study of the hippocampus in parkinsonism-dementia complex on Guam. J Geriatr Psychiatry Neurol. 4:134-42, 1991.