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 保健看護学部,地域老年看護学ユニットの小出です。私は,加齢性難聴・コミュニケーションをテーマに研究しています。
 平均寿命が延びることに伴い,フレイルや健康障害から高齢者が暮らす場は自宅以外にも様々となってきました。2019年の調査によると,約33万人の高齢者が介護老人保健施設(以下、「老健」)に入所中であるとの報告がなされています(e-stat, 2019)。老健における看護師の役割の一つに,高齢者の意思決定する力を信頼し,人生の統合に向けて支援することがあり,そのため高齢者の意思を尊重する関わりが求められます(北川, 2020)。実際の調査においても,老健に勤務する看護師は,入所者/利用者の看取り意向の事前確認を63.1%が実施しており,87.7%が看護師の重要な業務と考えているという結果が明らかになっています(公益社団法人日本看護協会, 2017)。中でも昨今Advance care planning(ACP)の概念が注目されており,山口はACPの定義を患者が将来重篤な病気や状態になった時に,どこでどのようにすごしたいかに関する意向や希望を家族や医療・ケア提供者とあらかじめ話し合うプロセスとして,特定の介人や(書面作成などの)や結果ではなく,コミュニケーション自体に重きをおくことがより重要であると示しています(山口, 2016)。コミュニケーションとは社会生活において人間がお互いに意思や感情,思考を伝達し合うことで,聴覚のはたらきは,音声言語によるコミュニケーションを可能にするもっとも重要な感覚です。そのため,加齢性の難聴のような聴覚の低下は,コミュニケーションを阻害する要因の1つになります。井上らの調査では,老健入所中の高齢者の約90%が難聴であったと報告されました(井上, 2016)。このことから老健に務める看護師は、入居してきた高齢者に対し、意思確認をする際に聞こえに配慮したコミュニケーションが必要になります。
 そこで老健に入居した高齢者の人生の最終段階に関する意思確認の場面において,看護師の聞こえの評価とその認識,聞こえの対する対応を明らかにすることを目的に,老健に勤務する看護師7名に半構造化面接を行いました。得られたデータを質的分析した結果【手近な方法で聞こえの評価の実施】【聞こえに関する意識の不足】【難聴を持つ高齢者への説明は無理という思い込み】【難聴を持つ高齢者とのコミュニケーションの回避】が導きだされました。老健に入居した高齢者の人生の最終段階に関する意思確認の場面において,看護師は高齢者の聞こえの評価や,その対応を行っておらず,必要なことは家族に聞けばよいという認識がありました。その背景には,難聴あるいは認知症を理由として質問に対する反応を得るのは無理であるとの認識が根底に見られました。
高齢者の延命治療とリビングウィルに関する意識調査において,リビングウィルの啓発活動を目的とした講習会に参加した高齢者では,『延命治療について意識がはっきりしている時期に,ご自身の意向を,ご家族や身近な人に伝えておきたいと思いますか』の質問に対し「思う」が90.9%であり,高齢者自身は意思決定において意思を伝えたいという気持ちを持っていることが分かっています(塩屋, 2015)。加えて,急性期病院に入院している難聴高齢者の難聴に由来する体験において,大事な話は意識的に聞き返し,何とかして理解しようとしていたとの調査報告があります(横尾・原,2011)。
どうか難聴を持つ高齢者を仲間はずれにしないで,話し合いの輪に入っていただき,高齢者自身の意思を聞いて下さい。

・e-stat「介護サービス施設・事業所調査 / 令和元年介護サービス施設・事業所調査 詳細票編 介護保険施設 介護保険施設の利用者」2019
・北川公子 『系統看護学講座/専門分野Ⅱ/老年看護学』pp70-83, 医学書院(東京),2020
・公益社団法人日本看護協会 編 『介護施設等における看護職員に求められる役割とその体制のあり方に関する調査研究事報告書』2017
・山口崇. アドバンスケアプランニング. 医学のあゆみ, 259(9):931-935, 2016
・井上理恵 他. 要介護高齢者の聴覚評価-聴力検査-. Audiology Japan, 59:124-131, 2016
・横尾美希,原祥子. 急性期病院に入院している難聴高齢者の難聴に由来する体験. 老年看護学, 16(1):66-74, 2011
・塩谷千晶. 高齢者の延命治療とリビングウィルに関する意識調査 -講習会前後比較-. 弘前医療福祉大紀要, 6(1):83−90, 2015